インターネットで広告を表示する際には、その製品に興味・関心があるユーザーに、効果的なキャッチコピーや画像を使って訴えていく必要があります。このため一般的に同じ記事を読んでいても表示される広告は異なるはずですが、「特定の記事を読んだユーザーにお尻が出たパジャマの広告が大量に表示され、かつその広告に追いかけられることになった」という謎の事態が報告されています。
The curious case of the “buttflap onesie” ad
https://adalytics.io/blog/the-curious-case-of-the-buttflap-onesie-ad
Why that ad for butt-flap pajamas is following you all over the internet
https://www.cnbc.com/2020/12/21/why-that-ad-for-butt-flap-pajamas-is-following-you-all-over-the-internet.html
2020年12月20日、オンラインマガジンのELLEで「アメリカで最も憎まれる男」といわれるマーティン・シュクレリ受刑者と、その取材記者とのラブストーリーが掲載され話題になりました。製薬会社を経営していたシュクレリ受刑者はエイズ患者向け治療薬の価格を1錠約1400円から約7万5000円に引き上げたことで物議をかもし、2015年に薬価つり上げとは無関係な証券詐欺で逮捕された人物。シュクレリ受刑者を取材していたクリスティー・スマイス氏は夫と別れてシュクレリ受刑者のもとに向かったと明かしており、報道倫理に反すると非難されつつも、真実を明かしたとして称賛されました。
The Journalist and the Pharma Bro
https://www.elle.com/life-love/a35021224/martin-shkreli-christie-smythe-pharma-bro-journalist/

そんな中、ELLEの記事に関して、内容とは全く関係ないあることが注目されました。なぜか「お尻の出たパジャマ」の広告を多くの人が目にし、しかもこの記事を読んでから至るところで同じパジャマの広告が現れるようになったと報告されたのです。
My only takeaway from the Martin Shkreli article is this ad I got served for assless pajamas pic.twitter.com/9D7pw3gDdv
— sarah emerson (@SarahNEmerson) December 21, 2020
「ELLEの記事を読んだ何人の人がこの奇妙なパジャマの広告を何度も何度も目にすることになったのだろう?私だけではないはずだ」とTwitterに投稿する人も。
How many people who read the Elle story are got this bizarre ad for the onesie with a butt flap, over and over again? I know it’s not just me pic.twitter.com/4wsazD0wWM
— Tom Gara (@tomgara) December 21, 2020
このパジャマの広告は「IVRose」という中国企業のブランド広告であり、ELLEの記事内のうち50箇所に同じ広告が配置されたという人もいるほど。
この広告はGoogleの広告システムを使って配信されるターゲティング広告にあたり、ターゲティング広告は基本的に「ユーザーの興味・関心にあわせて配信される」ため、記事を読んだ人が一斉に見るタイプの広告ではありません。このため、なぜELLEの記事を読んだ広範なタイプの読者が「お尻の布なしパジャマの広告」ばかり目にするようになったのか、多くの人が疑問を呈しました。
広告がユーザーの興味・関心を推定して表示されることから「自分の広告プロフィールを悲しく思う」とコメントする人もいました。
I got these too and was feeling pretty sad about my advertising profile
— Julia Carrie Wong (@juliacarriew) December 21, 2020
Business Insiderは専門家の話からいくつかの推論を行っています。たとえば、広告会社は広告を表示する記事のうち、読者に不快感を与えそうなものに「安全ではない」とフラグを立てることがあり、問題のELLEの記事はブランド保護の観点から広告掲載先として避けられたとのこと。大手ブランドから掲載先として指名がなかった記事の広告枠は価格が下がるため、「とにかく表示数を増やしたい」という広告主に安価で購入されることになります。
また、広告主は記事がヒットする前に広告の入札を行うため、その後の記事の反応を見て「広告枠を買いたい」と指定することができないということも、今回のような事態に関係すると見られています。
そして、パジャマの広告はまったくターゲティングを行っていないかのように見えますが、データ分析を行うAdalyticsはIVRoseが計18個の広告トラッカー・9個のサードパーティーCookieを使用し、Twitter・Facebook・Googleなどのアドテクサービスを利用していると記しています。このためサードパーティーCookieを削除した場合、パジャマの広告は表示されないとのこと。
AdalyticsのKrzysztof Franaszek氏によると、パジャマの広告はユーザーの興味・関心といった「狭い」ターゲティングではなく、アメリカの消費者という「場所」で制限をかけている可能性があるとのこと。加えて、Googleや他のアドテク企業がELLEの記事を「アダルトコンテンツ/成人向けテーマ」と分類している可能性が高く、過去にアダルトコンテンツを見たユーザーをターゲットににパジャマ広告が表示されていることが考えられるとFranaszek氏は述べています。

また、アドテク企業創設者のRatko Vidakovic氏も、制限なしで広告を表示させるとコストが膨大になることから、単なる「パジャマの広告」にそれだけのコストがかけられる可能性は低いとみています。特定のURLをターゲットにするという方法であれば、大金を支払うことなく、場合によっては大きな効果が得られます。このことからIVRoseがELLEの読者を狙い撃ちにして広告表示することで、効果的・高パフォーマンスに広告を表示できたことをVidakovic氏は示唆しました。これは、「お尻の出たパジャマ」という視覚的インパクトの強い画像を戦略的に使うことで得られた結果だとVidakovic氏。
また、パジャマ広告は「インターネット上の広告は実際にはユーザーに対して何度も同じものが表示されていながら、ユーザーがそれに気づていない」ということを示す一例であるとも考えられています。つまり、お尻の部分が破けたパジャマ広告はその奇抜さがユーザーの関心を引いたために、「広告に追いかけられている」とユーザーは感じましたが、実際には同様のことが日常的に起こっているという考えです。これも、広告の持つ画像インパクトゆえの効果といえます。
広告主は広告を表示する際に、購入可能性の高いユーザーに対して繰り返し広告を見せる「リターゲティング」を設定できます。パジャマの広告にはリターゲティングの設定が行われていたため、あまりの奇抜さに思わずクリックしたユーザーの前に、何度も何度も広告が表示され、「広告に追いかけられる」事態となったとみられます。
さまざまなメディアがIVRoseに対してコメントを求めていますが、記事作成時点で返答は得られておらず、これらは全て推測にとどまります。IVRoseが故意にこのように広告を表示したのか、それとも何らかのアクシデントがあったのかは不明。またマーケティング会社DigitalWhiskyのマット・モリソン氏は、この広告の最終目標が「商品の購入」ではなく、同様の広告を表示するためのユーザーの選別である可能性を示唆しています。