なぜ単純化されたフラットなイラスト「コーポレート・メンフィス」を広告で避けるべきなのか?

明瞭な線画・陰影のない平面的なカラーリング・幾何学的な人間のフォルム……といった特徴を持つシンプルなイラスト「コーポレート・メンフィス」をウェブサービスや企業のウェブサイトや広告で目にした人もいるはずです。テクノロジー企業によって人気のコーポレート・メンフィスですが、デザイン業界から批判が起こっていると共に、「新しい製品のビジュアルを作成する場合、コーポレート・メンフィスは絶対に避けてください」と言われるほど、その利用が懸念されています。

Why does every advert look the same? Blame Corporate Memphis | WIRED UK
https://www.wired.co.uk/article/corporate-memphis-design-tech

Corporate Memphis; the design style that quietly took over the internet | shots
https://shots.net/news/view/corporate-memphis-the-design-style-that-quietly-took-over-the-internet

フィンテック企業から宅配サービスまで、近年のテクノロジー企業では、規模や業態にかかわらず非常に似通った以下のようなイラストが利用されます。立体的に見える要素を排除し簡略化を行った「フラットデザイン」と、幾何学、カラフルな色使いが特徴のこのようなイラストはコーポレート・メンフィスと呼ばれています。

コーポレート・メンフィスは企業をクリエイティブでかつ楽しい場所のように見せるために使われますが、一方でイラストの均質化と乱用によって「魂がなくなっている」とデザイン業界から大きく批判されているとのこと。

例えば、イラストレーターのJack Hurley氏はコーポレート・メンフィスについて「デザインの観点から言えば、とても怠惰です」とコメント。Hurley氏は、Adobe Illustratorを使えば明瞭な線や色を作り出すことが容易であり、SVG形式で拡大・縮小にも対応可能にできるため、イラストの複製や編集が簡単であることを指摘しました。コーポレート・メンフィスを使うとデザインの予算と時間を削減することが可能であるため、広告代理店における採用が増加したとのこと。

SVG形式を含むベクター画像を扱う「画像ライブラリ」の登場も、コーポレート・メンフィスの急増に拍車をかけました。メキシコを拠点とするイラストレーターであるPablo Stanley氏が運営するイラストのライブラリ「Humaaans」もその1つ。

Humaaans: Mix-&-Match illustration library
https://humaaans.com/

Humaaansのイラストはインドからドイツまで、世界のさまざまな企業の広告で利用されており、そのダウンロード回数は数十万回だと推測されています。また、Adobeを始めとする企業もベクター画像のライブラリを持っており、イラストレーター以外の人がコーポレート・メンフィスを利用するための機会を提供しています。

コーポレート・メンフィスの歴史をたどると、その始まりはフラットデザインにたどり着きます。もともとAppleのようなテクノロジー企業は現実の物に似せるために陰影などの装飾を行ったスキューモーフィズムをアイコンやデザインに採用していましたが、2013年にAppleがキューモーフィズムを排除し、その対になる概念であるフラットデザインを採用しました。これを受けてアプリ開発企業などがUIをフラットデザインに変え、その後、イラストレーターの多くが続いたわけです。

コーポレート・メンフィスという言葉は、広告業界で働いていたMike Merrill氏によって作られました。Merrill氏は、Slack、Salesforce、Robin Hoodといった競業会社がそろって似たようなイラストを使い出したことを受け、1980年代に一斉を風靡した建築デザイン「メンフィス」から言葉を取って、そのイラストに「コーポレート(企業の)・メンフィス」と名付けました。

以下がメンフィスのデザイン家具。

Merrill氏はコーポレート・メンフィスを利用する企業には「成功したテクノロジー企業を模倣する小さな企業」と「IPOを果たし、安全さを求める怠惰な企業」の2種類があると指摘しています。

特にコーポレート・メンフィスが多用されるのはフィンテック業界の広告です。このため「コーポレート・メンフィスはテクノロジー企業を友好的で親しみやすく、『人と人との対話が行われているコミュニティ』のように見せますが、現実の大部分はその逆です」いう指摘があるとのこと。

コーポレート・メンフィスは意図的かつ過度の単純化によって「問題が解決されている世界」を描き、目にした人を誤解させるとデザイナーのDavid Rudnick氏は指摘しています。コーポレート・メンフィスには深度が存在せず、見ている人が解決済みのパズルを前にしているような感覚になる視覚効果があるそうです。たとえば以下の絵画であれば消失点が存在し、遠近が描かれていますが……

以下のように簡略化し完全な平面となったコーポレート・メンフィスには、上記の絵画と違って時間の概念が存在しません。長期にわたって利益を得られる金融商品を販売するフィンテック企業の場合は、このように時間の概念が消失するイラストの方が広告を出す上で有利だとRudnick氏は述べました。

「テクノロジー企業のCEOたちによるプライベートな会話を聞いていると、彼らの考え方はコーポレート・メンフィスの世界観とは真逆です。彼らの世界は、複雑なアイデアやライバル企業との戦い、暗示された脅迫、絶え間ない戦いによる支配者の変化によって構成されています。彼らは世界を攻撃的で急速に変化するものとして見ています」とRudnick氏。

言い換えると、コーポレート・メンフィスが見た人に訴えかける感情と、実際の企業の行動に不一致があるということ。企業がコーポレート・メンフィスを利用するのは一種の正当化のためであり、不誠実さが存在すると指摘されているわけです。

コーポレート・メンフィスは依然として大企業の間で人気ですが、その評判は低下する傾向にあり、小規模な企業がコーポレート・メンフィスを利用することは今後のリスクとなり得るとも考えられています。広告の創造性に関するニュースメディアのshotsは「新しいプロダクトのビジュアルを作成することを検討している場合、オーダーメイドのデザインスタジオなどを採用し、コーポレート・メンフィスは絶対に避けてください」と述べました。

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