「作った製品を多くの人に使って欲しい」という気持ちは当然のものですが、一般的に、市場で既に成功者がいて地位を確立している場合、新規参入は難しいとされています。しかし、デザインツールの市場に注目すると、画像編集ツールを提供するAdobeは長年「大手」として君臨しているものの、ここ数年はFigma・Sketch・Canvaといったスタートアップも成長しています。
なぜ本来難しいはずの新規参入に、これらスタートアップが成功したのかを、ベンチャーキャピタル・Greylock Partnersの元従業員であるKevin Kwok氏は「アトミック・コンセプト(原始的なコンセプト)」という言葉で説明しています。
How to Eat an Elephant, One Atomic Concept at a Time – kwokchain
https://kwokchain.com/2021/02/05/atomic-concepts/
アトミック・コンセプトとは、「製品がどのように構築され、他企業の製品ラインナップとどのように違うのか」を説明する根本的な概念をいいます。Figma・Sketch・Canvaの3製品は、アトミック・コンセプトをAdobeと分かつことで、すでに確立していたAdobe製品が持つ利点とユーザーベースを、「弱点」に変えることに成功したとKwok氏は述べています。
そもそも、市場は顧客のニーズによって支えられているため、顧客ニーズが急速に変化する市場において、会社が大手であることのメリットは小さいとのこと。顧客のニーズが変わる原因はさまざまですが、新しいユースケースの登場や市場ダイナミクスの変化も理由になります。
例えば、大手企業はコスト削減の観点から小さなユースケースに対応することを怠りがちですが、この「小さなユースケース」が後に大きなユースケースになることがあります。大手が小さなユースケースを軽視し、そこに着目したスタートアップが後に大きな成長を遂げることは少なくありません。また、市場ダイナミクスの変化に取り残された企業としてKwok氏はEbayを挙げています。オンラインで販売される商品の数が比較的少なかったインターネット初期はEbayの分散型オークションモデルが大きな価値を持ちましたが、eコマースが成長すると「価格」と「速度」がより重要になりました。このためAmazonのようなビジネスモデルが成長し、Ebayが不利になったとのこと。
加えて、インターネットにより人の行動が変化し、新しいタイプの顧客が出てくることもあります。このような新しいタイプの顧客は、大手の既存商品にはない、異なるニーズを持つことになります。
以下のグラフは縦軸がユースケース、横軸が時間の変化を示します。時間が進むにつれユースケースは増加していますが、ある時点でこれまでのユースケース(青いグラフ)以上に、新しいユースケース(緑のグラフ)が急増しており、ここにスタートアップが参入する余地があるというわけです。

デザインツール市場で新しいユースケースや新しい顧客が登場し、市場ダイナミクスの変化が起こる中で、大手だったAdobeと根本的に異なる「アトミック・コンセプト」を持っていたのが、Figma・Sketch・Canvaです。
Kwok氏はそれぞれの企業のアトミック・コンセプトを以下のように位置づけています。縦軸は画像処理・画像とデザインを含む処理・プロジェクト・コラボレーションといったワークフローについて、横軸はピクセル・ベクター・コンポーネント・テンプレートといった素材の違いについて示しています。Adobeの製品が基本的に個人レベルの画像処理に焦点を当てていたのに対し、FigmaやSketchはデザインが企業内で行われることを前提にプロジェクトやコラボレーションに着目しました。またCanvaの特徴はコンポーネントやテンプレートに力を入れている点にあります。

Photoshopはピクセル、Illustratorはベクターという違いがあるものの、基本的にいずれも「幅広いユースケース」を想定し、「画像や写真の編集」「デザインの編集」を目的としています。
一方、2010年に設立されたSketchはデジタル製品のUIやUXを設計することを前提に構築されました。このため、Sketchはデザイナーツールとして市場を独占していたAdobeのIllustratorから「デジタル製品の作成に最適ではないもの」を全て削除し、デジタルデザインの最適化に焦点を当てています。またベクターベースにすることでPhotoshopとの違いを生み出し、個人レベルではく大規模で複雑なプロジェクトで使われることを想定に構築することで、独自のアトミック・コンセプトを確立させました。
顧客のワークフローについて理解し、「顧客が本質的に求めていること」に対応させることにより、最高の製品は生まれるとKwok氏は述べています。
FigmaはもともとPhotoshopのライバルとしての位置付けでしたが、潜在的ユーザーと対話を持つにつれ、製品の焦点をUIやUXに移したとのこと。そしてUIやUXのデザイナーにとって重要なのは「コラボレーションを行うこと」だと気づいたFigmaは、WebGLといった新技術を利用して製品を独自の方法で進化させていきました。コラボレーションの力を最大化させることでFigmaは会社のあり方を根本的に再考し、新しい価格・流通モデルを設定することになったとのこと。
そして、これまでにはなかった、全く新しいユースケースと顧客に賭けたのがCanva。SketchやFigmaはデザイナーによる利用を想定していますが、Canvaは「非デザイナーによる利用」を想定しています。Canvaの着目したユースケースや顧客は、Facebook・Instagram・YouTubeが企業のマーケティングで利用されるようになったことに起因します。これらのプラットフォームで行われる広告はターゲットを絞っているため、1つのキャンペーンでもパーソナライズされた複数のバージョンが必要になります。テレビや雑誌におけるキャンペーンでは1つの大きな広告が使われるためデザイナーによる制作が必要ですが、SNSでのキャンペーンは「小さく」「速度重視で」実施するため、非デザイナーであるマーケティング担当が使えるデザインツールが必要になりました。

もちろん、Canvaで行える事はPhotoshopでも全て実行できますが、非デザイナーのマーケティング担当者はピクセルレベルの画像処理を必要としていません。Canvaには「特定の目的」のために構築されたテンプレートとレイアウトがあり、ユーザーがそれらを使いたい画像や文字と組み合わせることで創造性を発揮できるという点がポイントです。
また、Instagramの投稿、結婚式の招待状など「目的のために構築されたテンプレート」を中心にするCanvaで「ユーザーが求めるデザインやツール」は、「非ユーザーがGoogleで検索する言葉」でもありました。このためCanvaはSEOを通してプラットフォームを拡大することが可能でした。Canvaがユースケースを元にツールを構築し、多くのテンプレートやサンプルを用意することで、Googleで検索する潜在的なユーザーを効率的に取り込むことができたわけです。
加えて、Canvaはテンプレート・レイアウト・フォントなどを作成して販売したり、コミュニティを作成したりといったことが可能だったため、プラットフォームとして機能したことも、成功のためのポイント。このエコシステムにより、Canva自身だけの力でなく、エコシステムの力でユースケースを増やしていくことが可能でした。

もちろん、有料あるいは無料のアドオンを作成することは、Canva以外のデザインツールでもよくあることです。ただし、Canvaはアドオンの統合が極めてシームレスで、直接製品に組み込まれている点で優れています。摩擦がないためユーザーが自然にアドオンにアクセスでき、使用率が増加。またマーケットプレイスをファーストパーティとして扱うことで、クリエイターはCanvaを通じて収益を上げることが可能になり、プラットフォームのネットワーク効果が強化されました。

デザインの分野でだけ上記のような状況が起こっているわけではありません。デジタルコンテンツに関わる多くの分野で、新しいユースケースがどんどんと増え、同様の状況が生じています。しかし、初期の成功をおさめた企業でさえ、自分自身のアトミック・コンセプトを明確に定義し、それに応じて市場での位置付けを行っているところは少ないとのこと。これらの企業は競合や顧客、そしてどのようなユースケースが製品構築にとって重要なのかを明確にしていません。そして、このような問いに答えるには、「顧客が本当に欲しいもの」についてきちんと考えることが必要だとKwok氏は述べています。
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